ベラドンナの部屋

アークティック・モンキーズの歌詞を語ります

Science Fiction / Arctic Monkeys【和訳】

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あからさまでなくセクシーに、危険性を強調して、隠されたメッセージを届けたいんだ。SFみたいな手法で、月面のパラレルワールドから。 ーScience Fiction


ご機嫌よう、ベラドンナです。
アークティック・モンキーズの6thアルバム「Tranquility Base Hotel & Casino」の全曲和訳を試みています。満開の桜の宵、本日は8曲目の"Science Fiction"です。

このアルバムのコンセプトは、「月面のホテルというパラレルワールドを設定し、鏡のように現代社会の矛盾や個人が抱える孤独や苦悩を映し出す」というようなものでした。詳しくは1曲目の"Star Treatment"の記事で書いております。


今回鑑賞する"Science Fiction"は、このアルバムでの自分の曲作りについての自己言及的な歌となっています。アレックスは、作曲時も脳の自己批判的な部分をオフにしておくことは難しいと答えています。こちらの動画はカリフォルニアのサンタバーバラでのライブ映像ですが、だいぶスッキリした頭ですね。


SFの手法で、でもあからさまではなくセクシーに、危険性を強調して、隠されたメッセージを届けたかったけれど、遠回しに表現をこねくり回しすぎて、うまく伝わらないのではないかとこのアルバムのことを案じています。

彼が意図したメッセージを正しく受け取れているかは分からないけれど、遠く離れた異国に住むベラドンナだってこれだけ何万字も感想を書く気にさせられてるんですから、「アレックス、大丈夫だよ。ちゃんと届いてるよ。」って声を大にして言いたいところです。

例えば、前曲の"The World's First Ever Monster Truck Front Flip"で私が好きな映画の「花様年華」が引用されていたことから、ハッとさせられたことがありました。

この映画との出会いは今から10年ほど前の高校生の頃。まだストリーミングサービスが主流ではなく、通いつめていたレンタルビデオ店の中古コーナでDVDを見つけ、なけなしの小遣いの中から500円の現金で買い、自宅のDVDプレーヤーで観たのでしょう。当時のこの消費行動では、「17歳の女子高生であるベラドンナが花様年華を観た」事実は、おそらくは私だけが知っている純粋にパーソナルな出来事として留まっていたはずです。

もしベラドンナが暇を持て余した女子高生として2022年現在を生きていて、過去の映画を観たいと思ったら、ストリーミングサービスでまずは探すことでしょう。そこで花様年華の配信動画を見つけて視聴したら、「17歳の女子高生であるベラドンナが花様年華を観た」という消費行動がデータストレージとしてしっかりと蓄積されてしまうというわけです。視聴後にはきっと、レコメンド欄がアート系の香港映画で埋まっていることでしょう。たった10年の間でもこれだけの変化が起こっているんです。

この曲でも"Got the world on a wire"(世界を電線で繋いだ)というフレーズが出てきますね。それが良いとか悪いとか、単純にそういうことではなくて、変化していることにせめて自覚的でいることが大事なのではないかと思います。


さて、歌詞にまいりましょう。このアルバムは2018年のリリースですが、「そう遠くない未来のコロニーでの集団パニック」というフレーズ、まるでこのコロナ禍のような事態を予見していたかのようです。

Religious iconography giving you the creeps?
宗教的なイコンにゾッとするかい?
I feel rougher than a disco lizard tongue along your cheek
頬を這うディスコトカゲの舌*1よりざらついた感じだよ
The rise of the machines*2
機械の台頭
I must admit you gave me something momentarily in which I could believe
信じうる何かを君が瞬間的に与えてくれたことは認めなくちゃならない
But the hand of harsh reality's un-gloved
でも、厳しい現実は素手でいるんだ
And it's on its way back here to scoop you up
そして、君を掬い取りに戻ってくる途中だよ

I want to stay with you, my love
俺は君と一緒にいたいんだ、愛しい人よ
The way some science fiction does
ある種のSFがやっている方法で

Reflections in the silver screen of strange societies
奇妙な社会の銀幕に映し出されるもの
Swamp monster with a hard-on for connectivity
繋がりを強く求める沼の怪物*3
The ascension of the C.R.E.A.M
C.R.E.A.M.*4の台頭
Mass panic on a not too distant future colony
そう遠くない未来のコロニーでの集団パニック
Quantitative easing
量的緩和
I want to make a simple point about peace and love
平和と愛についてシンプルに訴えたいんだ
But in a sexy way where it's not obvious
でも、あからさまにはならないセクシーなやり方で
Highlight dangers and send out hidden messages
危険性を強調して、隠されたメッセージを発信する

The way some science fiction does
ある種のSFがやっている方法で
The way some science fiction does
ある種のSFがやっている方法で

Got the world on a wire*5
世界を電線で繋いだよ
In my little mirror, mirror on the wall
俺の小さな鏡、壁の鏡の中で
In the pocket of my raincoat
レインコートのポケットの中で

So I tried to write a song to make you blush
だから俺は君を赤面させるような歌を作ろうとしたんだ
But I've a feeling that the whole thing may well just end up too clever for its own good
でも、全体的に巧妙さが過ぎて、うまくいかないんじゃないかと感じてる
The way some science fiction does
ある種のSFが陥っているみたいに

*1:4日以上連続でアルコールを大量摂取した後に断酒した時に見る悪夢をそう呼ぶそう。ヌルヌルしたトカゲみたいに、汗をかいてベッドを這いずりまわるイメージ。想像しただけで不快ですね。

*2:2003年公開の「ターミネーター3」のサブタイトル

*3:2014年のブリットアワードでのスピーチではロックミュージックを沼の怪物に例えていました。

*4:Cash,Rules,Everything,Around,Meの略で、要するにカネにモノを言わす拝金主義のこと。ウータン・クランというヒップホップグループの90年代の大ヒット曲のタイトルからきているようです。アレックスは、ストロークスの音楽に出会ってロックに目覚めるまではヒップホップ好きのキッズだったらしい。

*5:SF映画の「World on a Wire」(1973)からの引用。自分が現実だと思っていた世界は単なるシミュレーションに過ぎないことに気づいた被験者である主人公が、その気づきさえもが、もう一段上の階層のシミュレーションだったことを知って絶望する、というようなストーリーのようです。