ベラドンナの部屋

アークティック・モンキーズの歌詞を語ります

The Ultracheese / Arctic Monkeys【和訳】

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俺は深く考えてるように見えるかもしれないけど、本当はそんなことないんだ。月に住むロックスターの孤独なんて、超絶に陳腐だよな。ああ、夜明けは重さを増すばかり。ーThe Ultracheese


こんばんは、ベラドンナです。GWが終わり、日常に戻ってきました。長めの連休が終わるといつも浮かぶのは「アノミー」という言葉。「急激な社会変動や自由の増大により、規範が弛緩・崩壊し、個人の欲望が肥大化した結果、不満や焦燥、幻滅などの葛藤に襲われる状態」を指す社会学の用語です。連休と、目的地を定めない旅の開放感に拐かされて、「ひょっとすると、意外と人生、何でもありなのかも?」なんて思い始めて、こりゃまずい、こちら側の世界に戻れなくなってしまう…と慌てて逃げ帰ってきて、こうしてまたブログを書いています。

閑話休題。一昨日で6thアルバム「Tranquility Base Hotel & Casino」のリリースから4年が経ったそうです。ニューアルバムが待ち遠しいものです。現時点で発表されている2022年の最初のライブ出演はイスタンブールの8月9日なので、少なくともそれまでにはリリースされると思いますが、いつになるんでしょう。そして、月面のホテルの次は、アレックスはどこへ行くのでしょう。楽しみでなりません。

このアルバムについては、すでに全11曲のうち10曲の記事を公開しており、残るはラストを飾る'The Ultracheese'のみとなりました。「自分にとってお気に入りのレコードは、訪れることができる場所みたいなものだと感じるから」とアルバムタイトルの命名の理由についてアレックスは語っていましたが、全曲を和訳し終えた今、私にとってもこのアルバムは帰りつくことのできる隠れ家のようになっています。アノミーに襲われる朝も、都会の喧騒に飲まれる昼も、現実逃避したいような夜も、外出中でも家の中でも、これを聴けば自分のデフォルトの位置を取り戻せるような、そんな作品になりました。

密度が濃く示唆に富んだ、内省的で哀愁漂う歌詞と、聴けば聴くほど耳に馴染む美しいサウンド。1曲ずつではなく、アルバムを通して聴いてほしい作品です。たった40分間で、小説を読んで、さらに映画も観たかのような充実感を得られます。
こちら、Tranquility Base Hotel & Casinoの全曲解説です。もしよろしければお供にどうぞ。


さて、本日和訳するThe Ultracheeseですが、歌詞でも言及されているように「黄金時代のアメリカ」を思わせるゆったりした情感豊かな曲調に、過去を回顧して現在の孤独を滲ませるメランコリックな歌詞が乗り、深い余韻を残します。アレックスいわく、この曲や「Cornerstone」(2009)、ラストシャドウパペッツの「The Dream Synopsis」(2016)のような穏やかで叙情的なバラードが最も落ち着く、デフォルトの自分の位置に一番近い曲なんだとか。

The Dream Synopsisの記事はこちら。「俺の夢の話なんて聞かせたら、拷問だよね」と言いながら夢について歌う美しい歌です。今回のUltracheeseとも共通するテーマを持っています。


「Ultracheese」という言葉は、「超絶に陳腐」とか「超クサい」という意味でしょう。日本では月といえばウサギの餅つきですが、英語圏では「月はチーズでできている」という決まり文句があるそうで、そこからの連想なのかもしれません。30歳の誕生日に友人からプレゼントされたスタインウェイのグランドピアノで作曲した、ロックスターの孤独な内面を独白するこの美しい歌を、照れ隠しも込めて「超絶に陳腐」と名付けたのでしょう。

ドアをノックされるとびくつくほどに孤独な生活を送る月の上のロックスターが、「ロケットの打ち上げ(CDリリースと掛けているのでしょう)」の度、予想外のことが起こる度にバーでみんなで盛り上がっていた昔を思い出しています。今の自分が、若き日々からどれだけ遠くかけ離れた場所に辿り着いてしまったかを思い、取り返しのつかない後悔や喪失感に襲われながらも、「君を愛することは一度たりともやめていないんだ」と締めくくります。"the dawn won't stop weighing a tonne"(夜明けは重さを増すばかり)というフレーズが沁みます。眠れぬ孤独な夜、次第に白んでいく窓の外、静かな部屋でひとり。

こちらのライブ映像では、なかなか演技がかった熱唱が見られます。



それでは歌詞にまいりましょう。

Still got pictures of friends on the wall
壁にはまだ友人の写真が貼ってある
I suppose we aren't really friends anymore
俺たちはもう本当の友人じゃないだろう
Maybe I shouldn't ever have called that thing friendly at all
今までだって、仲が良かったなんて言えないのかもね

Get freaked out from a knock at the door
ドアのノックにびくびくする
When I haven't been expecting one
予想もしないことが起きた時
And didn't that used to be part of the fun, once upon a time?
昔はそれもお楽しみのうちじゃなかったっけ?
We'll be there at the back of the bar
俺たちはバーの奥にいる
In a booth like we usually were
昔いつもいたみたいなボックス席に
Every time there was a rocket launch or some big event
ロケットの打ち上げとか大きなイベントがあるたびにさ

What a death I died writing that song
俺はなんという死を迎えてしまったんだ この曲を書きながら
Start to finish, with you looking on
最初から最後まで、君に見守られながら
It stays between us, Steinway, and his sons
この曲は、俺たちとスタインウェイのピアノ、そしてその息子たちの間に留まるよ
'Cause it's the ultracheese
だって、ウルトラチーズだからさ
Perhaps it's time that you went for a walk
そろそろ散歩に出かけたらどう?
Dressed like a fictional character
架空のキャラクターのみたいな格好で
From a place they called America in the golden age
黄金時代のアメリカと呼ばれた場所から
Trust the politics to come along
政治がやって来ることを信じて
When you were just tryna orbit the sun
ちょうど君が太陽の周りを回ろうとしてた時*1
When you were just about to be kind to someone
ちょうど君が誰かに親切にしようとしてた時
Because you had the chance
なぜなら、君にはそのチャンスがあったからさ

I still got pictures of friends on the wall
壁にはまだ友人の写真が貼ってある
I might look as if I'm deep in thought
俺はまるで深く考えてるように見えるかもしれない
But the truth is I'm probably not
でも、本当はそうじゃないんだ
If I ever was
もしそうだったなら…

Oh, the dawn won't stop weighing a tonne
ああ、夜明けは重さを増すばかり
I've done some things that I shouldn't have done
俺はやるべきではなかったことをいくつもしでかしてきた
But I haven't stopped loving you once
でも、君を愛することは一度だってやめてないんだ

*1:ひとつ歳を取ることを指す決まり文句と掛けている