ベラドンナの部屋

アークティック・モンキーズの歌詞を語ります

The World's First Ever Monster Truck Front Flip / Arctic Monkeys【和訳】

にほんブログ村 音楽ブログ 洋楽へ
「あなたはボタンを押すだけ、あとはお任せくださいー」アーキテクチャの権力に、我々は進んで自由を差し出して、ますます愚鈍になっていくのか ーThe World's First Ever Monster Truck Front Flip

 

こんばんは、ベラドンナです。

最近、アラン・シリトーの『土曜の夜と日曜の朝』(1951)を読み始めたのですが、これがなかなかの面白さ。アークティック・モンキーズの1stアルバムのタイトルWhatever People Say I Am, That's What I'm Not」の引用元の小説です。冒頭に「土曜の夜は1年のうちに52回しかない」という一節があり、もう今年も12回消化してしまったことに気づいてちょっぴり悲しくなった13回目の土曜日も、こうして過ぎてゆきます。気づけば桜も満開です。

さて、本日はアークティック・モンキーズの6thアルバム「Tranquility Base Hotel & Casino」の7曲目、"The World's First Ever Monster Truck Front Flip"を和訳します。


前曲の"Four Out Of Five"でも、月面のタコス屋に「情報と行動の比率」と名付け、膨大な情報を娯楽として消費するだけの現代人の姿を連想させていましたが、この曲ではさらに踏み込んで警鐘を鳴らしています。

"Four Out Of Five"の記事はこちら。

 

さて、この曲の長ーいタイトルですが、元ネタはアレックスが思わずクリックしてしまったという、YouTubeに投稿されていたこの動画のタイトルから取られています。文字通り、モンスタートラックが何度も宙返りする衝撃的な動画です。


刺激的な情報を受動的に消費し続け、同時に自分の情報を進んでGoogle社などの巨大資本に提供している現代人を揶揄しているこの曲。様々な分野からの引用の嵐で、情報の海を表しているかのようです。ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』とか田中康夫の『なんとなく、クリスタル』みたいに、注釈だけですごい長さになりそうです。

まず、冒頭から何度も繰り返される"You push the button and we'll do the rest"というフレーズは、19世紀末のコダック社のカメラ広告から引用されています。写真を一般人に普及させた有名な広告だそうです。

f:id:liurisanyue:20220326130700j:image

個人的に「おお!」となったのは、"in the mood for love"の箇所ですね。こちら、映画に詳しいアレックスのことなので、香港映画の名作、王家衛監督の『花様年華』の英題からの引用だと思われます。香港の路地の湿り気と、美しいチャイナドレス、秘密の恋をアンコールワットの壁に閉じ込めるラストシーンが印象的な映画です。中国映画好きのベラドンナとしては激アツです。

f:id:liurisanyue:20220326142859j:image


あなたはボタンを押すだけ、あとはお任せください」というフレーズから連想させられるのは、イマドキの低コストな権力行使のやり方、「アーキテクチャ型の権力」ではないでしょうか。脅したり監視したりしてボタンを押せと強制する旧来型の権力ではなくて、そこにボタンがあるから、人々が自ら進んで、喜んで押してしまうような仕組み。ジョージ・オーウェルが考えていたよりも、もっと巧妙に、ディストピアは実現されつつあるのかもしれません。


さてさて長くなりました。歌詞に参りましょう。

You push the button and we'll do the rest
あなたはボタンを押すだけ、あとはお任せください
The exotic sound of data storage
データストレージというエキゾチックな響き
Nothing like it, first thing in the morning
こんなの初めて、朝一番に
You push the button and we'll do the rest
あなたはボタンを押すだけ、あとはお任せください
Bastard Latin, that's the best thing for it
インチキなラテン語、それが一番
You push the button and we'll do the rest
あなたはボタンを押すだけ、あとはお任せください

You and Lizzy in the summertime
あなたとリジーの夏休み*1
Wrapping my tiny mind around a lullaby
小さな心を子守唄に包んで

There are things that I just cannot explain to you
あなたに説明できないことがあるの
And those that I hope I don't ever have to
その必要がないことを願ってる、これからも

Pattern language, in the mood for love*2
パターン・ランゲージ、愛のムードで
You push the button and we'll do the rest
あなたはボタンを押すだけ、あとはお任せください

You and Genie wearing Stetson hats
ステットソンの帽子をかぶったあなたとジーニー*3
Trying to gain access to my lily pad
私の睡蓮の葉にアクセスしようとする*4

There are things that I just cannot explain to you
あなたに説明できないことがあるの
And those that I hope I don't ever have to
その必要がないことを願ってる、これからも

The world's first ever monster truck front flip
世界初!モンスタートラックのフロントフリップ
I'm just a bad girl trying to be good
私は良い子でいようとするただの悪女よ
I've got a laser guiding my love that I cannot adjust
私の愛を導くレーザーは調節不能なの

Forward-thinking model villages
先進的なモデル村
More brain shrinking moving images
脳が縮むような動画が増える
You push the button and we'll do the rest
あなたはボタンを押すだけ、あとはお任せください

*1:アレックスと親交のある歌手、ラナ・デル・レイの愛称がLizzyだそうで、彼女のヒット曲の"Summertime Sadness"に因んでいるようです。私も好きな曲です。乾いた物悲しさがすてきです。

*2:『花様年華』の英題からの引用だと思われます

*3:ジーニーとは、13歳まで部屋に監禁されて育った少女の名前から、人間関係から隔離された環境で育ち、社会性を獲得できなかった子どもを指す用語です。ステットソン社の代表的な帽子といえば、黒いカウボーイハットだそうで、個人的な利益や悪意からハッキング行為を行うハッカーを指す「ブラック・ハット」を意味しているようです。バーチャルの世界に没頭して、現実世界との接点に乏しいまま育ってしまう危険性を仄めかしているのかもしれません。

*4:Lily pad networkとは、フリーの無線アクセスポイントのネットワークのこと。「睡蓮の葉」という名前は、カエルが葉から葉へぴょんぴょん飛び回るように、次から次へと別のアクセスポイントに接続できるイメージから付いたようです。